2022年4月18日月曜日

2022年日本建築学会賞(作品) 受賞作品決定


一般社団法人日本建築学会より、日本建築大賞、日本建築学会賞(作品・技術・論文・業績)ならびに、日本建築学会作品選奨が発表された。
日本建築学会賞(作品)は、主として国内に竣工した建築の設計(庭園・インテリア,その他を含む)であって,技術・芸術の進歩に寄与する優れた作品に与えられる。本年は46作品の応募があり、作品部会での審査を通過した9作品の現地審査を経て「旧富岡製糸場西置繭所」「太田市美術・図書館」「長野県立美術館」の3作品が、2022年 日本建築学会賞(作品)に決定した。


旧富岡製糸場西置繭所 
齋賀英二郎((公財)文化財建造物保存技術協会事業部保存管理計画担当技術主任)
斎藤英俊(京都女子大学名誉教授) 
木村 勉(長岡造形大学名誉教授) 

 ここでの保存は、木造社寺建築の修理事業などとはさまざまな点で大きく異なっている。まず価値の定義が違う。オリジナルへの復元ではなく、一世紀以上に及ぶたびたびの工場再編のなかで建物に刻まれた経験の履歴を、躯体や開口部の多重的な痕跡から台車の傷跡やメモ書きなどに至るまですべて尊重する方向性が選ばれた。そもそも東アジア世界で長い時間をかけ洗練された木構造のシステムではなく、性急な西欧化と殖産興業政策のもとで産み出された未熟なハイブリッドな構造であり、解体すれば多くを失うことになり、史蹟指定ゆえに地盤改変が許されず免震の選択もない。こうしたさまざまな制約条件の下、多彩な補強要素が既存建物とともに柔らかな全体をなすように工夫された構造的解法が漸次追加された。断熱も気密もないに等しい建物に世界各地からの人々を招き、地域住民の活動を迎えることで、歴史資産を維持してゆくための財政的体制を整えることも重要であった。 

 翻ってみれば、これまで文化財建造物の保存設計は、原型への還元を旨とする傾向があり、デザインとは異質な専門的な閉域とみなされがちであった。しかし、この作品では建物の履歴と持続の条件をいずれも否定せず抱擁する思想へと舵が切られ、そのうえに創造的なデザインの可能性が探求・検証されてきた。選考部会では、本作品をこうした観点から「作品」として評価することとした。 

 木骨煉瓦造建物の内部にハウス・イン・ハウスの形式で挿入された鉄とガラスの筒が、無数の素材が興味の尽きない物語を蔵して折り重なる状態そのままに、国宝建物を支えている。ガラス越しの経験には賛否両論あろう。日本では稀有な複合的保存も海外に目を向ければ類例は少なくなかろう。それでも、新しい保存思想が国・自治体の関係者や専門家・技術者らによって共有され、高度な水準で具現化されたことは画期的である。今後ますます高度なデザイン的判断が問われる近代の建造物の保存再生の試みが増えていくであろうし、そうしたプロジェクトが広く優れた設計者の参画に開かれていくことも重要と考えるが、本作品がそうした未来の起点となることを期待したい。 (日本建築学会賞2022 選考経過より)

撮影:加藤純平(JUNPEI KATO)


太田市美術館・図書館  
平田晃久(京都大学教授/平田晃久建築設計事務所) 

都市と建物の関係では、基本的に建物は滞留機能を、都市空間は歩行や車の流動機能を前提に私たちはデザインの経験を積み上げてきた。その点、本作のユニークなところは建物内に大胆な流動を作った上で、その流動そのものを機能としたところにある。その流れはいくつかの展示室や事務室などの滞留機能を担うコンクリートのボックスを取り巻き、間を縫いながら各所で大きなスロープ状の弧を描き、訪問者は確実にその動力を感じながら建物を巡る。その流れに沿ってそこここに作者の言う「絡まりしろ」(ディスプレイ、機能の一部といったもの)を設え、訪問者を絡める。その絡めたところに分散した展示や閲覧、イヴェントなどの機能が稼働する。従ってその施設利用は「偶発的」に「計画」されていると言っても良いかもしれない。その、まるで街歩きをするかのごとき都市で生ずるような流動をベースとした機能の分散と複合のあり様が、取り付く島のないこの駅前の茫漠たる空間にまず動きを作るという点で、極めて巧みな解であると感じられた。 

駅前広場から取り込まれた空間のゆったりとした流れは諸スペースを巡って後半では屋外に出て屋根の頂部に至り、付近の古墳や、山並みと呼応するおおらかな構図が感じられる。またその機能の偶発性は、まるでショッピングのような「ちょっと覗いてみよう」といった敷居の低さを伴っていて、エントランス横のカフェは、出迎えてくれるソフトクリームの大きなサインがなかったとしても、十分町中のそれのようで、不揃いのサインもこの建物がストリート空間として企図されていることを示している。 

今回審査対象となった作品には、ホール、図書館、美術館といった複合機能の文化施設をシティスケープでつなぐ構成が幾案か見られた。どれも魅力的な施設となっていたが、そのなかでも本作は散らばる諸機能がそのシティスケープに単に顔を出す以上に互いに濃密に関係性を作って、美術館と図書館を同時に体験するような複合性にまで届いている点、小ぶりな規模を逆手にとって建物全体が美術館や図書館、イヴェントスペースに変容する感覚がある点など、その内なる都市性が非常に高い次元で結晶していて、時代を画する作品であると認められた。 
 (日本建築学会賞2022 選考経過より)
©daici ano


長野県立美術館 
宮崎 浩(プランツアソシエイツ代表) 

建築単体のみならず、周辺の風景や歴史、文化や社会、暮らしと密接なつながりをもった“生き続ける環境”の創出を実現した建築である。設計行為が敷地内だけにとどまらず、長い時間をかけてどのようにプロジェクトに関わっていくのか。また建築がその周辺に対してどう影響し、新たな働きが生まれていくのか。長野県立美術館はその場において確かに存在するのと同時に、むしろ周辺の存在感がより一層に引き立つよう設計されたすがすがしい建築である。 

それを可能にしたのは、周辺環境へのリスペクトと分析から始まる。善光寺への軸線と東山魁夷館への軸線の交差と、なだらかな3つの敷地高低差を巧みな計画でつなげている。最上段のアプローチは敷地と地続きであるため、屋上とは感じられないような広場となっている。その場に立つと、背後の神社と善光寺への軸線、黒々とした大きな善光寺の大屋根とその背後の青々した山々とのコントラストに驚き、この建築の誕生そのものが周辺からも祝福されているようである。隣接する谷口吉生氏による東山魁夷館、そして元々存在していた林昌二氏による長野県信濃美術館の場所を新たな空地として捉え、そこを舞台に生まれた水と霧の中庭空間。庭に面したアトリウムと廊下の多くはフリースペースとなっており、十分な光に満ちた中間領域からは、善光寺を望むダイナミックなランドスケープが広がる。それら広範囲のランドスケープ全てが、時空を超えた共創デザインの様相を創出している。 

また、それらの中間領域は入場料を払わなくても、地域の人々と多世代の人々が気軽に入ることができる開かれた空間であり、自由に使える場となっている。その縁側のような中間領域のおかげで、中心にあるコンクリートで強固に守られた美術館としての箱の機能も担保されている。 

その場所の文脈や歴史等、ランドスケープが本来どうあるべきか、それら全ての調和が、建築が大いなる自然とともに存在しているということを気づかせてくれる。大きなつながりと大きな風景に真摯に向き合い、設計者自らが丁寧に、そしてあくなき探求を積み重ねた建築である。随所に見られる完成されたディテールはもちろん、建築家、行政関係者、館長、施工者、メーカー含めたものづくりへ共創とチームワークが、この建築を可能にしたことも特筆すべきことである。 (日本建築学会賞2022 選考経過より)
撮影:北嶋 俊治



〇各賞発表の詳細はこちら
一般社団法人日本建築学会
https://www.aij.or.jp/prize-list.html
               














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