2024年4月19日金曜日

2024年日本建築学会賞(作品) 発表

一般社団法人日本建築学会より、日本建築大賞、日本建築学会賞(作品・技術・論文・業績)ならびに、日本建築学会作品選奨が発表された。
日本建築学会賞(作品)は、主として国内に竣工した建築の設計(庭園・インテリア,その他を含む)であって、技術・芸術の進歩に寄与する優れた作品に与えられる。 本年は52作品の応募があり審査を通過した8作品の現地審査を経て<House & Restaurant ><岩国のアトリエ ><八千代市の老人デイサービスセンター「52間の縁側」>の3作品が、2024年 日本建築学会賞(作品)に決定した。


House & Restaurant 
石上 純也(㈱石上純也建築設計事務所代表取締役) 

 ©junya.ishigami+associates

House & Restaurantは戸建て住宅や低層集合住宅が立ち並ぶ、宇部市の郊外住宅地のフリンジに立地する住居兼レストランである。道路から見えるのは建設以前から変わらない造成宅地の擁壁だけである。建築はその擁壁の向こう、もともとの地盤面の下に納まっている。この建築は大地と建物とのまったく新しい関係を生み出している。建築は大地に載るのではなく、大地に潜っている。とはいえ、大地に潜るだけでは建築にはならない。この建築は大地にいくつもの穴を開け、そこにコンクリートを流し込むことで躯体をつくり、あとでその躯体を掘り出すという工程によって建築となりえている。この大胆で知的な工程が、大地と建築との反転という歴史的な事業を実現させた。 

もともとの宅地の地盤面から階段を下ってアプローチする先に展開されているのは、テーパー状に降りてくる何本ものコンクリート躯体の太い足とその反転形の空隙が生む、豊かなシークエンスである。もともとの大地=土は掻き出されてしまったけれども、コンクリート躯体に強い痕跡を残した。ボリューム模型の三次元座標化を駆使した繊細な設計と、その一方で事前確定を許さないコンクリートと土との接合面が躯体の形態的多様性を生んでいる。コンクリート表面に付着した幾種もの土が細かな陰影となって表情をつくる。そして、この躯体の形が3Dスキャンによって巧みにすき間に嵌められるガラスの窓や扉に転写される。平面プランは3つの庭を中心に置き、住居とレストランがその左右に配置されているが、一体としても使えるように回廊が走っている。全体的に躯体のモノとしての迫力が支配的であるが、3つの庭および外周部の光庭に抜ける視線の巧みなプランニングにより、窮屈さは感じさせない。いくつもの多様な場が水平的な広がりの中でひとつに連なる。 

総じて、郊外住宅地の土地、建物にありがちな安易さとは真逆の、大地に対する緻密で柔軟な応答の結果が、多くの人々の感情の根源に触れるまったく新しい空間を生み出した。オーナーからのごく私的な依頼に応じた建築家の徹底的な探求の果てに、この建築は不意に社会性をも帯び始めている。そして、何より、建築作品が持つ力、新しい空間の創造への自信に満ち溢れた、清々しい建築である。 よって、ここに日本建築学会賞を贈るものである。
※2024年日本建築学会賞(作品)選考経過より



   岩国のアトリエ 
   向山 徹(岡山県立大学教授/向山徹建築設計事務所代表)

▲写真:野村和慎

この作品は、書と絵画の収蔵庫を含む画家のアトリエと展示ギャラリー、その家族が暮らす住居を分棟形式で建築したものである。敷地は山口県岩国市の南郊、瀬戸内海を望む小高い丘陵地にひろがる集落の中で、その縁辺をなす細長い尾根筋の上にある。その立地の故に集落内の随所から視認される2棟の切妻屋根の重なりと土壁の構成は、斜面に沿って連続する小規模な耕作地の狭間に古民家が散在する集落景観にしっくりとおさまり、この土地に帰属する建築であることを主張する。 

施主である画家のナチュラリストとしての生活信条と創作哲学、木組と土による施工を希求する大工の信念、親和性の高いこの両者の相互関係を高い次元で空間化するために、建築家が定義した理想像が、伝統工法を基軸としつつ新たな木の架構と土壁による密実な構造体である。西側の道路に対して低く構えたアトリエ棟では、内外ともに熟練の左官職人の手で丹念に塗り重ねられた土壁の厚みとその特徴をいかんなく表現するに相応しいディテールのおさまりが徹底されている。金物を使うことなく精緻に加工された木の継ぎ手による架構が柔らかな天空光と緩やかな風の流れを誘(いざな)い、土壁の質感とともに創作の場と作品が展示される場の空気を支配する。東側の樹林に寄り添うような高さで建つ住居棟では、中央のコア部分と平面形に外接して設置された2組の隔壁による耐震壁の構成により、全体が一室であるかのような開放性と回遊性が獲得されている。そして、地盤面より低く掘り込まれたリビングから2階の居室まで、巧みに設定された床レベルと天井高の組み合わせが、90㎡に満たない延床面積では得がたい空間の多様性をもたらす。 

さらに、これら2棟を微妙な角度のズレをもって配置することにより生み出された狭間は、深い軒内が尾根筋に沿って延びるにわとなり、道路から斜面をよじ登るようにアプローチした先に展開するシーンの舞台であり続ける。にわの中程では、アトリエ棟の石敷テラスを通して広がる集落の風景と手の届く先に広がる樹林の奥深さが同時に体験され、この豊かなシークエンスが、そのまま住居棟の様々な開口を通して見る周辺のスケール横断的な景の連鎖へとつながる。 

この作品の新しさは、現代の建築技術と伝統的な手業の融合による新たな地平をめざした取り組みが、土地のローカリティのもとで見事に実体化している点にある。それは、地域に根をおろした生業と暮らしの営みを支える空間という原点への回帰を、現代社会のコンテクストのもとで今一度定義することの重要性を明快に表現しており、日本建築学会賞(作品)を授賞するに相応しいと判断する。 よって、ここに日本建築学会賞を贈るものである。
※2024年日本建築学会賞(作品)選考経過より


八千代市の老人デイサービスセンター 「52間の縁側」 
山﨑 健太郎(㈱山﨑健太郎デザインワークショップ代表取締役/工学院大学教授) 

▲撮影:黒住直臣

建築とは建築物その物のみならず、その成り立ち総体なのだ。としたら、この作品の「総体」は広く曖昧に広がっている。用途はデイサービスセンターであり、学童、更生施設、ゲストハウス、カフェ、誰もが地域で死にゆく時間を支える場、そして、多分それだけでもない。補助金予算は小規模デイサービスとして申請用途に対して適切である一方で、運営者は用途や計画の対象を明確に区切らず、地域の不安や寂しさに包含的に寄り添う態度を貫く。 

すなわち計画の固定化を後押しする明確な用途、予算、スケジュールはこの作品の背景には存在しない。この動的な状況を受け入れた時に設計者はおおらかな縁側にその在り方を委ねた。敷地は古い郊外の団地に隣接する小学校の裏山の上、緩やかにうねる尾根の上にあり、子供たちの往来は山肌のトトロ道と呼ばれる細く暗い山道から、デイサービス利用者は台地上の車道からとなる。地理的なエッジに沿うように計画された建築は、水平に伸びる奥行き2.5間、長さ42間の単純反復するスカスカの架構によるもので、尾根下から吹きあげる風が2.5間をすーっと通り抜けてゆく。その長大架構に取り付く3つのボックス状の室内空間がそれぞれカフェ、デイサービス、風呂である。このほぼ外部空間の建物は一見上棟式を待つ構造体のようにも見えるのだが、アプローチから床下をくぐり庭へと回り込めば、小さなブランコが高床の下にぶら下がり、野良仕事をする人、縁側に座る親子、小さな室内では認知症の方や老人が話し込んでいる。簡素なディテールが人々の参画を誘い、利用者の痕跡がすでに蓄積し始めた賑やかな空間だ。一直線のはっきりとした構造体が、波打つ尾根を浮かび上がらせ、子供たちと老人を出会わせ、参画を引き受ける土台=縁側として、建築的態度を地域に示している。 

一方で高齢者施設の設えとしての基本的な温熱環境、設備、平面計画や風呂利用者のプライバシーへの配慮など気になる点もある。審査では通常求められるこれらの対策が不在であることを認めつつ、サービスの隙間が人々の参与を生む状況やその関係性を丁寧に議論することで、新たな評価軸を探す作業でもあった。それは建築単体のクオリティや問題解決能力という従来の評価軸をソフトウェアであるコミュニティや参画性へと拡張する試みであり、建築が、その統合性という性質を土台としてソフトウェアをも計画に取り込み、コミュニティ形成を促し、連携や主体的な参画が、従来建築が単体で負っていた問題解決力を補完し、同時に地域や関係者といった成り立ちをも幸福にする存在になり得ることを、確認する試みでもあった。 

本来、建築とは揺らぐ動的世界から直接に編み上げる祝祭的なものでもあった。背景に寄り添い、硬直する建築を柔らかくほどく今作品は、議論を引き出すのみならず広く動的世界を包含した高度な建築である。 よって、ここに日本建築学会賞を贈るものである。 
※2024年日本建築学会賞(作品)選考経過より





各賞発表の詳細はこちら
一般社団法人日本建築学会 https://www.aij.or.jp/


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